「信じられるわけないでしょ。ドミトリーを殺す気なら、いつだってその機会はあったじゃない。なんで今なのよ」
ドミトリーが殺されたのかもしれないという推論に対してのリタの返答は実に真っ当なものだった。
だがそうではないことを、先ほど俺たちは身をもって体験してしまっていた。
ドミトリーの下宿先を離れ、リタに出会ってすぐ、俺たちは黒ずくめの集団に突然取り囲まれたのだ。
なんの冗談かと思ったが、奴らの目的は俺たちを拉致することだったらしい。
必死に逃げ出して、俺たちは今、リタのミニガレオン『ピッコラ』に移動している。さすがにあの黒づくめ集団も空までは追って来られないようだった。
「きっとただの偶然よ。そりゃ怖かったけど、たまたま治安の悪いところにあたしたちが迷い込んだだけよ」
「俺だってそう思いたい。勘違いならそれが一番いい」
俺の真剣な物言いにリタは怪訝そうな表情を浮かべる。ああ、これが何を話しても信じてもらえないという状況なのか。こんなことになって初めて、俺はドミトリーの不屈の闘志に尊敬の念を抱いてしまった。
「仮にドミトリーが殺されたんだとしてもさ……なんであたしたちまで襲われるのよ」
「そうなんだ。ドミトリーが殺される理由をさんざん考えていたが、あれが決定打だった。ドミトリーが殺されて、俺たちまで命を狙われているんだとしたら……それは古文書に書かれた内容を外に漏らしたくない奴らがいるとしか思えないんだ」
「古文書の内容って……クセルルクスの秘宝のこと?」
「それだけじゃないだろうが、それも理由のひとつだろうな。他の誰かに興味を持たれたら困るってことなんだろうさ。そして俺自身はドミトリーから古文書を預かっている」
吹聴こそしていないが俺もドミトリーに隠蔽された新解釈の歴史とやらを聞かされ続けた身だ。あの黒ずくめたちがドミトリーの殺害にかかわっているというのなら、今回の件は本当にシャレでは済まない。
「ふぅん、噂の古文書ってあんたが持ってたのね」
「ああ。こんなことになるならドミトリーの戯言なんて聞き流して、古文書も無理やり突き返してやりゃよかったぜ」
「まったくだわ。もしかしたらドミトリーのやつ、自分の身に危険が迫っていると知って、あんたに預けたのかもしれないわね」
「だとしたら迷惑な話だ」
「本当よ。そんなもの、さっさと捨てておくべきだったわ」
軽口を叩きあって、ようやく俺たちは自分のペースを取り戻す。酒瓶でもあればさらにいつも通りに戻れるのだが、さすがにこの状況で、そこまでは望めない。
そういえば長く取引しているのに、ミニガレオンの中に入れてもらったのはこれが初めてだった。
操縦席や動力部が船内の大半を占めているのかと思っていたが、意外にも中は広々としていて床面積のほとんどを倉庫に使っているようだ。考えてみれば一人で航行させているのだし、操縦席が広くても使い勝手が悪くなるだけなんだろう。
聞けば国家の所有する戦艦スカイガレオンもこんな感じらしい。
スカイガレオンは操縦者であるキャプテンの意思の強さ――マインドで起動する。スカイガレオンにシンクロできる人間は限られているらしいが、その代わり本質的には乗組員はキャプテン一人だけでもいいそうだ。実際スカイガレオンの乗組員には、戦闘員だけじゃなく生活要員や作業要員も大勢いるらしい。
そんな豆知識を披露されながら、試しに『ピッコラ』を操縦させてもらったら、なんとうまく飛んでしまった。さすがに今は操縦権をリタに返しているが、意外な才能にたいそう驚かれたものだ。
「で? 実際のところ古文書にはそんなにまずいことが書いてあったわけ? 人を殺してまで隠さなきゃいけない内容だったの?」
そう。それが本題だ。
(続く)